2022年9月18日礼拝

私たちを助け、建て上げる主   エズラ記7章1~10節

神のことばによって ・7章ではじめてエズラが登場します。エズラは祭司の家系の生まれであり、聖書を学んで教える専門の学者です。「このエズラがバビロンから上って来たのである。彼はイスラエルの神、主がお与えになったモーセの律法に通じている学者であった。」(6)新約で言う律法学者にあたり、その能力を買われペルシアでは書記官として用いられていました。エズラがバビロンでの地位も名誉も安定した暮らしもすべて捨てて、危険な長旅をしてエルサレムに戻ろうとしたのは、主から与えられた使命があったからです。エルサレムでは神殿再建から50年以上がたっています。けれども神殿再建だけでは十分ではないのです。建て上げられていく必要があるのは神の民自身だからです。手段は神のことばです。「エズラは、主の律法を調べ、これを実行し、イスラエルで掟と定めを教えようと心を定めていた。」(10)エズラは聖書を研究する学者であり、学ぶだけでなく実行する一人の信仰者であり、神のことばを教える教師です。学び、実行し、教えることを通して、神のことばによって神の民を整え、成長に導いていくことこそが、エズラがエルサレムに帰ってきた目的でした。 ・私たちもまた、イエス・キリストを通して神の民とされた教会の民です。神のことばが語られ、学ばれ、実行されるとき、教会は建て上げられていきます。この世の流れは私たちを別のなにかによって建て上げようとします。けれども私たちの成長の土台はイエス・キリストです(Ⅰコリント3:9-11)。ですから、神の民が神のことばによって建て上げられていくことは、私たちにとってはキリストの姿に変えられていくこと、キリストが私の中に形作られていくことなのです。

 

神の助けによって ・「彼の神、主の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをすべてかなえた。」(6)「主の御手」は神の力強い守りと助けを表します。主がペルシアの王の心を動かして、エズラを助けてくださったのです。エズラには指導者として多くの人を安全にエルサレムまで導く責任があります。バビロンからエルサレムまでは1400キロほどの道のりになります。約4ヶ月の旅です。危険があります。「すなわち、彼は第一の月の一日にバビロンを出発した。彼の神の恵みの御手は確かに彼の上にあり、第五の月の一日に、彼はエルサレムに着いた。」(9)旅の中でも主は神がエズラの上に「恵みの御手」をおいて、エズラを守り、助けてくださいました。

・エズラはこれから神のことばをエルサレムの神の民に語ります。神のことばは信じ従うためにあります。けれどもそれは人にはできないことです。主の助けが必要です。主はエズラに手をおいて助けてくださったように、私たちが主のことばに従おうとするとき、従うことができるように助けてくださる方です。救い主キリストは天の父のもとから私たち一人一人に聖霊を注いでくださいました。神のことばに従おうとするとき私たちを助けてくださるのは「もう一人の助け主」(ヨハネ14:16)である聖霊です。主の恵みの御手に信頼しましょう。私たちが神の助けによって、神のことばに聴き従うとき、私たち一人一人は「神の宮」として建て上げられ、キリストの姿に変えられていくのです。